異空間のマタドール
【思考遊戯】


西暦2050年 

夢の途中で目が覚めると僕は病室から外を眺めた

外と言ってもあの後だから
 コンピューターが作り出した景色なんだけど
  枯れ果てた僕にはこんな嘘が丁度いいみたいだ
   風景画の様だがデジタル化されていてランダムに小鳥も囀る

笑顔で歩く人達 美しい緑 太陽がやや眩しい 

ご丁寧に此処ではブラインドまで用意されている
あれが起きた等とは全く想像も出来ない様に病室は自宅の様だ

1日3度の食事 母さんの味にそっくりだ 

食後には僕には点滴が待っている 
成分についての記載はない
「精神安定剤みたいなもんですよ」と言われるが本当だろうか
どんどん健忘が激しくなっている気がする
あれを忘れさせようとしているのではないか
僕はそう考えているんだが拒否する手立てはない
そういう立場だからだ

僕はどちら側の人間でもなかった
特定の思想を持つ訳でもなく僕は平凡に生きていた

あの日
あの時
あの場所で              あれを見るまでは

そろそろ朝食の時間だ
7年前に死んだ母さんが笑って僕に朝食を持ってきた






【TTB】


      「ねえカシュー どうして貴女は私に唄ってくれないの」



    無表情なベッドと青い花瓶だけの些細な部屋

            少女は抑揚のない声で窓外の小鳥に語り掛けた


  階下には見慣れたビニール素材のアスファルト

            最後に踏んだ感触は今や記憶の遥か向こう



     この病院に移送されてからの十四週間

           目にしたのは数人の看護婦と医療用のコンピュータ


   普通に生活していても何も異質さは感じられない


         だが滑らかな壁の裏には27台もの監視カメラ

              全職員の白衣の内側はレベル6の化学防護服


        彼らは何時もそうやって少女を欺こうとする



                   保菌者-08

   それが此処での彼女の絶対的なフルコードネーム

           ──例えあの出来事から何万年の月日が進もうとて。



       「お家にお帰りカシュー もうすぐ雨が降る時間だわ」






【思考遊戯】


降り出した酸性雨 安全服を着てあれを後片付けする

作業員は寡黙に探知機の反応に
 注意を配りながら薄汚れた白い病棟を眺めた
  全てが腐蝕して黒く動く闇が淡々と終焉を知らせている
   時の支配者以外は知らぬ事実も存在してはいるのだろうが
    事の大きさ、そして神にも背く行為が行われた事ぐらいは
     
多くの残された人々も気付いていた
             
       彼らを除いては聞こえていた天地の悲鳴が



僕に病室から外に出る許可が下りた
見た事のある人等いないけれど
僕が思っていたより僕と同じ境遇の人は多いみたいだ
病室が防音になっていた事には薄々気付いてはいたが
廊下に出ると叫び声や薄気味悪い笑い声が聞こえる

僕もああなるのだろうか
なればなったでそれもいい そっちの方が楽な気がするから

自ら終わらせる権利も今の僕には与えられていないし
今はのんびりとこの廊下を歩こう
コンピューターが作り出す四季には飽きていたから

数十分ぐらいだろうか
僕が院内を散歩していると突然サイレンが鳴り響いた
白い死神の様な医者や看護婦が僕の存在を無視して走り去っていく

何か   あったのだろうか



=========保菌者-08 覚醒==========



吟遊詩人が心中しに集う苦悩に疲れて魔に憑りつかれて
孵化を知らせた夕方頃 古かった脳を入れ替えて皆が見上げた
ハレルヤの終わりと共に舞い降りた灰を帯びた白き鷹

祈りたまえ 命の影 拾いたまえ 命の汗 




巨塔にいる人達は誰も白き鷹を見なかった

彼らの一部は少女への処置を検討し
一部は扉の前で様子を伺っていたのだから




僕の脳に不気味な不思議な声で誰かが話しかけてくる

 「ねえカシュー どうして貴女は私に唄ってくれないの」






【TTB】


   鎖のように少女を緊縛するメディカルチューブ

            しかしRNA変異体の増殖はさらに激化する


 インジケーターのモニタ上で暴れ回る波線模様

             覚醒遺伝子の占拠率はすでに86パーセント強


    穏やかな木漏れ日を演出していた常緑樹に

           亀裂が走った直後に砕け散るオートスクリーン


  暗黒という暴風雨が内部にも吹き荒れた同時刻

                深い意識下で果たされた邂逅がもう一つ──



       「助けてカシュー 私が私じゃ無くなってゆく」



           隠  匿         憎   悪
      異 種       開    眼        畏 怖
           侵  蝕         衝   動



   轟音と共に少女から放たれた凄まじい衝撃波

            崩壊のプロローグを止める事などもう出来ない


    少女の憎しみが彼方此方で引き起こす小爆発

          彼女を篭城していた要塞は今やモータルキャッスル


  立ち昇る業火が酸性雨もろとも人々を焼き

         フラッシュバックの中で彷徨う数多の命の所在


   少女が屋上で待ち続ける破滅への永劫の時間

           だがその律動を遮って或る青年がヘリポートに立つ



                 ──その業火の中で彼は、生きていたのだ






【思考遊戯】


僕はただ呆然とその光景を見ていた
否 見ていなかったのかも知れない
兎に角 気がつくと目の前には1人の少女が小鳥と戯れていた
もう景色なんていう言葉は存在しない
空も 雲も 太陽も 大地も 全てが 消えていた

ただ黒い中に少女と白い小鳥と
そして僕がいた



真空管の中を一週間彷徨う 異空間の中で踊る紅いマタドール
知恵を絞るピエロを見てよう 消えろ 消えろ 消えろ
一年戦争の話は異次元でしょ そうあんな夢物語で上を怖がり
下を転がり 流れて流れて それでも船は浮かぶ 深く 深く
深海へ 言い換えて 暗闇へ 船旅って そんなに楽じゃないね
AQUA体験 蓄えた貯蓄も尽き果て でも強がって 「もう動かねえ」



少女の瞳に吸い寄せられる様に僕は近付いた
彼女は僕の事を知っている様で笑顔で僕を呼んだ

「お父さん」って


健忘の延長線上に何があるのか見えず船上での会話と
その後の戦場の光景だけがボンヤリと残っていた

名も無き石ころの様な僕の記憶 酷く脆い僕の記憶を辿り意識は動く
ずっと崇高な何かに導かれる錯覚に 現実と非現実の差に足掻く日々
境界線などない 勝敗など 教会での教え 冗談にしてくれ

もう神様とやらが残酷な奴だって事ぐらい僕は知っている



僕と娘で今から何をしようか
考えても無駄だ
何もないのだから
何もないのだから

小鳥を手に乗せ娘が笑っていた

こんな光景も悪くない

この世界は終わったけれど 
娘が壊したんだけど
でも娘は無邪気な笑顔を僕に向けてくる

こんな時間も悪くない

全ての終わりで全ての始まりだ

あ 赤い川がある

私の血だ

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2003年
ハミル館
ジュンペイ・ウキタ教授とアルベルト・シマザキ教授の会話

「ワカバヤシさんの病状はどうかね?」
「統合失調症状及び人格障害クラスターBの兆候が見られますね。
 それに伴い幻覚や妄想が激しい様です。」
「うむ。昨日は地球の終わりについて語っていたそうだね。」
「治療方法を少し変えるしかありませんね。リタリンの量も
 増量しなければいけないか、と。ただ彼にカウンセリングの効果が
 あるのかは疑問です。」
「我々、日本の臨床心理を含めた医学では彼には対応しきれないかも
 しれないね。カルフォルニアのトム・ウエノ博士に連絡したまえ。 彼にとってもいい研究材料だろう。」
「かしこまりました。」






【TTB】


          親愛なる Dr.Shimazaki へ


旧友からのチェスの誘いを期待して、風呂の後に読むE-MAIL。
悪くはなかったが、今の気分は悪趣味なマジックショーの観賞に良く似ている。
もし私が心理学者で無ければ冗談も程々にしてと言うね。

さて君の概説および添付ファイルによるとその患者は2050年、
つまりきっかり47年後に一人の少女と共に世界が終わると語ったそうではないか。
確かにそんな症例はこれまでの心神耗弱者、猟奇殺人者、少年犯罪者、
その他あらゆる社会の異端者の中でもほとんど類を見ない。
酸性雨というキーワードだけで絞っても膨大なデータベースに14,5人だ。

しかし先ほどさらに調べてみると、1979年のイギリス、1988年のオーストラリアで
精神科の開業医が纏めた症例に奇妙な共通項が見られる。
いずれも20代後半の独身男性におけるコルサコフ症状群が拡大化した際の幻覚症状で、
近代的な医療施設を背景とし、その建造物が、現実には居ないはずの娘と出会うと燃える。
もちろん幻像の規模やディテールの違いだけはあるが、
幻覚に登場するその少女の特徴が、同一人物と断定できる程ぴったり当て嵌まるんだ。

どうかね、普段から医学界のオカルト集団などと揶揄されるような人種を率いる、
この私でさえ興奮を隠し切れないシンクロニシティ。
共時性を立論した当時のユングなら飛び付いただろう。
しかしだね、君も知っていると思うが私は筋金入りの合理主義者だよ、
共時性の発見だけで狂喜するなど無駄であり、マジックショーなんて例えはもっと無駄だ。
そう今回の事例には、私にそれを言わせるだけの薄気味悪い余録がある。

驚くべき事に前述の二人の幻覚にも、少女と共に常緑樹を囲む、
「カシュー」という名前の不可解な小鳥が登場するのだよ。
問題はその名前なんだがね、残っていた当時のカウンセリングの詳細な記録、
及び担当医師の記述に目を通した今、もはや私はこの悪夢のような現実を拒みたいよ。
どうやら「カシュー」というのは飽くまで略式の愛称らしいのだが、
その正名というのが──



                「カッサンドラ」



                         ──予言を司る神の名だ。






非常に残念だが、今回の申し出は見合わせる。
人間が神とのチェスに勝利した事は、まだ一度もないからね。


                   君の永遠の友  Thomas Ueno
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by siko_yugi | 2004-10-25 06:52 |
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